当会杉村義広代表理事が基礎構造に関わるいろいろな問題についてコメントする「いしずえ通信」。
今回は、第46号「日本版FEMAの必要性について」を掲載しました。
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いしずえ通信第46号(2019.10.22)
日本版FEMAの必要性について
(一社)基礎構造研究会
代表理事 杉村義広
かつてないほど巨大と言われた台風19号の被害は、時間と共にいかに広範囲にわたって広まっていたかが分かって来た。2019年10月22日現在のフリー百科事典ウイキペディアによれば、まだデータが修正される可能性を残しているが〔事実、隠れた被害が多く出現しつつあることが報道されている〕、との条件付きで主な被災地は13都県の317市区町村にわたっており、「令和元年台風第19号」と命名されたとある。
2019年10月21日14:00時現在の内訳として死者70、行方不明12、重傷32、軽傷376が表にされている〔死者は南から静岡県、長野県、神奈川県、千葉県、埼玉県、群馬県、栃木県、茨城県、福島県、宮城県、岩手県の11県で出ており、これに軽傷者10とされる東京都(解剖により溺死と判明した都内唯一の死者があったと言われるが、これは表には含まれていないらしい)と他の1県を合わせれば上記13都県に一致すると推定されるが、表にはもっと多く全部で全国的な33都県が示されている〕。
河川決壊による水害は、NHKの報道10月13日20時56分現在で21河川24ヵ所とされ、北から挙げれば吉田川、阿武隈川、荒川水系、久慈川、利根川、多摩川、那珂川、千曲川などが主なものとしてテレビで報道されていることが思い出される。少なくとも東北地方、関東地方、中部地方にまたがっている。それも最大の雨量は被災地とは別の地域、いわば上流の山岳地であって大量の水が流れたことが原因で、被災各地ではすでに最盛時は過ぎて雨が弱まっていたか、あるいは止んでいたというタイムラグがあって、堤防の決壊を起こし〔一部では越流もあったと言われている〕、辺り一面を水浸しにしたという構図が特徴として挙げられる。本川に合流しようとする支川が本川の水量に押し負けて逆流せざるを得ないという現象〔いわゆる内水氾濫であり、都市部では下水道からの越流もあったとされている〕も原因の一つで、本川ほどしっかりしたとは言えない堤防から水が溢れ出るという被害事例も典型的である。
これらの報道を見聞きする度に、温暖化の影響なのであろうか災害規模が今の行政組織では対応しきれない時代になって来たという事実を感じざるを得ない。東日本大震災(2011.3.11)の際には、東北から関東までの広範囲での揺れと被害を体験してその点を強く感じたのであるが、今回の水害は人的被害としてはあの地震ほどではないけれども地域的にはそれを上回る広さであり、台風は毎年のように来ることも考えあわせれば、広域、高頻度、高被害程度のキーワードを適用すべき災害である。
自衛隊の給水車が県知事からの正式要請がないために行動することが出来なくて帰ってしまったという報道を聞いたことがある。この話が本当であれば、あってはならないバカな話が現実に起こってしまったということであり、上記“現在の行政組織では対応し切れない災害発生の時代になった”ことを象徴する出来事と言えるのではないかと思われる。
河川による被害は、その上流から河口まで複数の県にわたっていることが多いので、それらの地域を総合して考える必要がある。したがって、県単位を基本とする行政的組織では対応し切れない問題が出て来るのは当然であり〔地方単位で考えても複数の地方にまたがることもしばしばである〕、現在の災害対策のあり方では不十分であることは明らかである。それ故に、少なくとも国単位の規模で考えなければならないことも当然で、例えばアメリカのFEMA(Federal Emergency Management Agency of the United States)のような組織の必要性が緊急の課題となっているのである。インターネットで公開されているフリー百科事典ウイキペディアと論文「東田光裕、小坂尚子、前田裕二:災害・危機対応における日米比較と国際規格ISO22320、NTTセキュアプラットフォーム研究所、NTT技術ジャーナル2013.3」を参考にしてFEMAと日本の現状を比較してみると以下のようになる。
FEMAの日本語訳は“アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁”となる。1960年代から1970年代に掛けてハリケーンや地震災害が相次いで起こったことから、ジミー・カーター大統領が連邦政府の災害対応部局拡大を指示し、1974年4月1日に設置されたという。消防庁、連邦保険庁、民間防衛準備庁、連邦災害援助庁、連邦有事準備局などが統合されたが、自然災害に対する救助、医療などのほか、放射能汚染対策、普段における教育・訓練なども活動項目とされ、これらの活動において指揮する権限も与えられている。すなわち、巨大災害が発生した場合、大統領の災害宣言(Declaration of Disaster)によってFEMAが災害・危機対応業務を直接指揮、統制することになっている。
これに対して日本は、県単位、すなわち地方公共団体がこれらに対応する主体的な組織であり、国はその支援的役割を担うだけという構成になっている〔したがって、今回の災害のように複数の県にまたがる国家的緊急事態に対しては適切な組織が存在しないという弱点があることになる〕。FEMAでは常勤の専門職員が配置されているのに対して、日本は2、3年で人事異動するという官僚組織しかないという点も重要な違いとなっている。災害救助法に基づく仮設住宅の建設などが報道されることが目立つが、そのような対応だけでは後追いの感が拭えず、災害対策として最も重要な“予防対策”が決定的に欠落しているのである。
そこで思い出すのは東日本大震災(2011.3.11)の時の復興庁が組織された経緯とその後の経過である。“霞が関”の各省庁から寄せ集められた組織であり、地方との関係では指揮統制という既得権を手放そうとはしない“霞が関”の官僚意識が目立ち、最も現場を把握している地方組織に指揮統制権を渡すことなく中央から指示する形式に拘っているために仕事がなかなか捗らないという状況を何度見たことであろうか。
復興庁が出来た時には民主党政権であったが、地震後1年と9ヶ月ほど経った2012年12月16日の総選挙で大敗して自民党政権に逆戻りしてから今日までを通じて〔政党政策による差はなくという意味である〕、復興庁のトップが災害対策の専門家にはほど遠い順番待ちの政治家のために用意されたポストとして復興担当大臣の名の下に使い回しされているかの連続であったと言わざるを得ない。このような状態では災害復興に有効な機関とはならず、早急に改善する必要がある。
国家的緊急事態に備える組織を立ち上げるには法律をつくる必要があるが、今日のように長期政権となった驕りと緩みで劣化が烈しい内閣と、議会も人間として尊敬できないことを繰り返している政治家が多くなっている状況では、このような組織を作り出す期待も持てないので、第三者機関を早急に立ち上げ、そこで2年3年掛けてもよいからその組織について丹念な議論を重ね、案を作成して貰う必要がある。名称は仮にFEMAに倣って“緊急事態管理庁〔Emergency Management Agency of Japan〕”としておくが、そこには次のような内容が含まれるべきであろう〔「Management」は「管理」と「運営」の意味があるが、日本語の「管理」には「運営」の意味が抜け落ちているニュアンスがあることに注意する必要がある〕。
- 地震、津波、噴火、台風、大雨、その他の原因で洪水、地滑り、崖崩れなど、自然災害による国家的緊急事態を対象とする〔テロによる原発の被害、したがって放射能汚染なども国家的緊急事態ではあるが、別の組織として対応するべきであると考えられるのでここでは自然災害に限定することにする〕。
- 内閣の一組織ではあるが、各省庁とは別の独立した外郭組織の専門家集団とする〔政治的中立性を確保する。各省庁が与党と癒着し、首相の出身母体である政党の出先機関であるかのような現状となっていることを避けるため〕
- 東京に本部、北海道、東北、関東圏、中部、近畿、中国、四国、九州の8地方に支部を置く。本部で指揮統制するトップおよび支部に置く支部長には政治家ではなく、危機管理・対応に精通した技術系の専門家を配置する。
- 職員も仮称“危機管理士〔Emergency manager〕”の資格を持つ者とする。その業務は、大別して日常業務と緊急事態発生時業務に別ける〔本部および各支部の人員は日常業務については固定、緊急事態発生時業務はその都度必要人員を補充する〕。日常業務は過去の記録をデータバンクとして収集保存すること〔いわゆる情報管理〕と、危機管理に関する教育と指導〔すなわち危機管理士の資格試験を管理・運営するための講習会などを行う〕の2つを主要な内容とする。緊急事態発生時業務は、自然災害の規模により補充人員を適宜確保して行う〔業務内容と組織の詳細については今後数年を掛けて検討する〕。
以上は新しい機関を想定したものであるが、何らかの意味で関連する部署は現状でも各省庁に小さく、また少しずつ散在しているので、それらを洗い出して廃止し、新機関に統合すること意図したものでもある〔行政改革の助けにもなるだろうとの考えにも基づいている〕。
その観点から見直して見ると、現在の国の機関では気象庁がここで言う新しい機関に最も近いことに気づく。伝統的な天気予報から始まった気象情報は最近の地球温暖化の影響であろうか、益々気候変動の烈しさを増す気象に関しては気圧配置などによる風雨の大きさや洪水、土石流などの土砂災害を始め、巨大化する台風、地震や津波、火山運動など、自然災害全般を対象とするようになっているからである。ただ、その主体的な役割は“予報”に留まっていることも現実である。気象情報に関してはエルニーニョ現象、ラニーニャ現象を含む地球規模における異常気象の予報、台風に関しては進路や強さ大きさなどの予報、地震に関しては余震、津波などの予報、火山活動に関しては噴火レベルの予報などに占められているからである。
しかし、気象庁の活動にも緊急事態へ対応しようと努力する兆しは見える。台風の進路予想や低気圧の規模の予想に伴って、“今までに経験したことがないような災害”の発生の恐れとか、“自分の命は自分で守るような行動を取るようにしてください〔水平移動や垂直移動による避難など〕”といったメッセージを一緒に発表することが最近多くなって来ていることはよく感じるからである。これは、気象庁が”危機対応”の必要性を感じ始めている証拠と思われる。
したがって、今まではなかった危機管理・対応に関する部署を新たに気象庁に追加して拡大組織とすれば、新しい気象庁は以上に述べた新機関の機能に十分応えられるものになると考えられる。現実的にはその方が実現しやすいので、考え方をそのように変更してもよいと思われる〔その場合、上記の8つの地方支部は札幌、仙台、東京、大阪、福岡の管区気象台などの組織に変えることも現実的な方法となろう〕。
ただ、仮称危機管理士の資格制度は保持したいと思う。各省庁から統合する部署の人員には、単に“人事異動”ではなく、異動の条件に試験合格を課して危機管理・運営の意識を持って貰うためである。また、民間にも浸透している気象予報士の資格に倣って、危機管理士制度も広く民間にも開放して多くの危機管理士を輩出するようにしたい。そのことによって、緊急事態発生時に対応する何らかの組織が民間にも出来る可能性があるからである。その際には、民間から国の機関に一時的採用された補充人員として活動して貰う仕組みを考えるとか、あるいは国の機関と民間組織との連携によって行政と民間の協力体制を実現するなど、緊急事態発生時業務上に貢献すること多大になると思われるからである。
以上の考えは筆者の描いていた夢想でもある。