今回は、第48号「2019建築基礎構造設計指針改定講習会を聴いて」を掲載しました。
先般改訂された日本建築学会「建築基礎構造設計指針(2019)」の講習会を聴いてのコメントです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いしずえ通信第48号(2019.12.24)
2019建築基礎構造設計指針改定講習会を聴いて
(一社)基礎構造研究会
代表理事 杉村義広
12月20日(金)にハーネル仙台で行われた建築学会基礎構造設計指針の改定講習会を聴いて来た。言われていたように、耐震2次設計に関する内容が組み込まれることが大きな特徴となっていることが確認出来た。その観点から見てもいくつかの問題点が出て来たが、筆者としてももう少し時間をかけての検討が必要なので、その結果を得たものから今後少しずつ記述してみたいと考えている。ここでは、聴講した限りでの感想を述べておきたい。
1)まず、時間の制限もあって致し方ないことではあるが、改定部分の概要が示されただけで改定の意図についての細かい所まで十分に説明された訳ではなかったことが残念であるとの印象は拭えない。
2)随所にというほどではないものの、1ヵ所や2ヵ所ではなくかなり多かったという印象であるが、式やグラフの使用に当たって“まだまだ分からないことがある点に十分注意して使ってください”といった補足がなされることがあった。会場ではそれが伝わったとしても、指針の文章には十分表現されているのだろうか、との危惧の念を持たせられたのである。この説明会は今回限りであり〔したがって説明者のニュアンスは参加者だけにしか伝わらず〕、今後は指針が残るだけであるので、そこに書かれていることしか読者には伝わらないからである。
3)学術的には問題であると思わされた具体例が一つあった。杭の鉛直支持力の項で、説明者が “極限支持力がまだ沈下進行中のところであるので…”と漏らした点である。“あれ! 極限支持力は「沈下が止まらなくなる荷重である〔載荷試験を行った場合の荷重-沈下曲線が沈下軸と平行になる最大の荷重を意味する〕」というのが学術的な定義ではなかったか? それは実際には不安定状態なので、現実的には少し手前の所を指すことにし、打込み杭の場合であれば杭径の10%がそれに当たるとするのが国際的なコンセンサスともなっている筈であるが〔しかも最大径がせいぜい50〜60cm程度の、時代にすれば昭和40年代後半の高度経済成長期であったことを考えておく必要がある〕…”、と思いながら聴いていたのである。
今は打込み杭が使われることがなくなってしまっているので〔市街地では禁止されてしまったため〕、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭を想定しての発言であろうと思われるが、それらの杭の場合にも杭径の10%沈下あたりを指して極限支持力と言っているのであろうか? 指針改定関係者の間ではそう考えられているのであろうか? もし、そうなら「極限」の意味を取り違えて重大な学術的混乱が生じていると考えざるを得ない、などと思いながら聴いていたわけである〔後になって本文の表6.2を見てみると、レベルAの終局限界状態では「極限支持力に対して耐力係数φR=1」となっており、この「極限支持力」は杭径の10%沈下時の荷重を指しているから耐力係数は1とされているのではないか? それでは「極限支持力」の定義の誤用になるではないか。また、以前から気になっていた杭先端抵抗-沈下量関係のグラフ(図-6.3.4)を示す式6.3.1を探してみると「…先端沈下量Spが先端径dpの10%の時に、極限先端支持力度に達する次式でモデル化する」と明記されていることが確認出来たので(さらに場所打ちコンクリート杭、埋込み杭、回転貫入杭に対して係数が並べられている)、この疑念は確信に変わったのである〕。
4)上記3)は杭先端の問題に深く関係しているが、その意味では関連性がある問題として杭基礎の耐震解析モデル〔とくに応答変位法を適用する場合〕として示された「群杭フレームモデル」も気に掛かる。建物の1構面を取り出し、慣習的に行われている1本杭に対しての設計計算に代わって行うべきと主張されているように思われるが、推奨モデルならばどのようなメリットがあるかが明記されていないので中途半端な印象が残る。“群杭”としての検討が目的ならば建物全体をモデル化する方が本来的ではないか? その手間を和らげるための苦肉の策とも思われるが、1構面の解析でもどの程度全体像を推定できるのかについてのコメントがなければ片手落ちとなるではないか、などなどそれで十分なのかとの疑問が生じ、やはり中途半端な印象は拭えない。解析モデルを一見しても杭先端が一様に水平ローラーとされている点が目立って違和感を持たせられるとともに、なぜ水平ローラーなのかとの疑問が生じてその印象をさらに増幅させる。少なくともこの疑問には答える必要があると思われる。
杭先端の境界条件は、支持杭基礎〔固定が一般的か〕、摩擦杭基礎〔ピンあるいはむしろ自由が一般的か〕、パイルドラフト基礎〔摩擦杭とほぼ同様。パイルドラフトについては敢えて「基礎」を付けて呼ぶことにしたが、その理由は今回の改定説明を聴いた結果であることは次回に改めて記述することにしたい〕など基礎形式に応じて慎重に設定する必要があるが、そのコメントが抜けている。上部構造のロッキングに伴う軸力変動を考慮した一方で、杭先端が一様に水平ローラーとされている点も解析モデルとしてバランスを欠いている印象が拭えない。沈下の検討用として杭先端に鉛直ばねの境界条件を別に考えるモデルが示されているが、そのような検討であれば1本杭のモデルでも求められる筈であるので、なぜ1構面のモデルが必要なのかの説明が欲しくなる。
以上を総合すると、説明を聴いた限りでの筆者の感想としては以下のようにまとめられる。
応答変位法は杭の水平方向の曲げモーメントを求めるのが主目的であるから、杭の鉛直方向の問題とは別々のモデルとするのは、簡便解析法としては頷けるものがある。ただ、その場合、1本杭のモデルでもそれなりに満足できる結果が得られることを忘れてはいけない〔設計者が最も心配する1ヵ所、あるいは数カ所を取り出して1本杭モデルでの解析を行うことで、それなりの結果が得られることは現状でも行われている筈である〕。もし、指針が示すように1構面モデルが必要ということであれば、“1本杭モデルと比較してどのように違う結果が得られるから1構面モデルを採用するべきである”との理由が明記される必要がある。それでなければ、1本杭モデルで十分であり、わざわざ解析が面倒となる1構面モデルを採用する必要は感じられないということになるからである。もし、上部構造のロッキングによる軸力変動の影響を同時に解析するという点にメリットを求めているならば、基礎形式ごとに杭先端の境界条件を十分に検討して導入し、鉛直方向の応答も同時に解析できるような詳細検討法、すなわちFEM系のモデルを採用するべきである〔その場合、杭先端境界条件としては構造力学上の固定、ピンなどのほかに鉛直、水平、回転に対して適切なばねを考慮する方がよい場合もあることに配慮し、適切な値を設定できるように努力することが望ましい〕。1構面モデルの場合は簡便法を指向するのではなく、詳細解析に近い手法を目指すことが学術的にも有効な指標となるであろう。その意味で、指針に示されたモデルは中途半端な印象を拭い切れないというのが筆者の結論である。
筆者は1988年版基礎指針の幹事を務めた関係で、その当時は基礎指針に親近感を持って接していたが、2001年の改定、そして今回の改定と時代が経過するごとに疎遠となってしまったので赤の他人を見るような心境となっている。その間に、確かに研究が進んで来たという実感がある一方で、1988年版の“Recommendations for…”と英語で書いた学術的指針としてまとめようとした最初の理念からは上記したような少しかけ離れた方向へ進んで来てしまった部分も垣間見えるようになっており、その点には残念さを感じているのである。
注)「極限」の意味は辞書によると「達することが可能な最も先のところ」「物事の一番の果て」である。このことを改めて認識する必要がある。沈下が進行中のところを指すなどは間違いであることが再確認されるであろう。言葉は正しく使うことの大切さを痛感する。