「いしずえ通信 第49号」を掲載しました。

今回は、第49号「パイルドラフト基礎と摩擦杭基礎」を掲載しました。

前号に続いて、先般改訂された日本建築学会「建築基礎構造設計指針(2019)」関するものです。

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いしずえ通信第49(2019.12.29) 

 

パイルドラフト基礎と摩擦杭基礎

                   (一社)基礎構造研究会

                    代表理事 杉村義広

 

 いしずえ通信第42号では、摩擦杭基礎がまさにパイルドラフトであるので、摩擦杭基礎との関係が明確にならない限りパイルドラフト基礎という分類は出来ないということについて書いたが、今回の建築学会基礎構造設計指針の改定講習会(12.20ハーネル仙台会場)を聴いて、その問題が解決出来たことについて記述してみたい。

 結論から述べれば、設計時に支持力の大部分はラフトの接地圧に期待し、杭は沈下抑制の効果を期待する程度に留めるとするのがパイルドラフト基礎であると定義出来る。それに対して摩擦杭基礎は支持力の大半、というよりも摩擦杭の支持力だけで設計する〔したがってラフトの支持力は期待しない〕場合を指すということで区別される。いわば設計の考え方によるのであり、実際には摩擦杭基礎の場合もラフトの接地圧が働き、事実上のパイルドラフトとなる場合もあり得ると考えておけばよい。

 なぜ、このような結論に至ったかについては、建築学会の基礎構造設計規準・同解説や基礎構造設計指針〔以下、基礎規準、基礎指針と略記する〕の流れと、筆者の若い頃の経験を織り込みながら顧みてみたいと思う。

 まず、基礎規準、基礎指針から該当する記述を取り出してみると表-1のようになる。

 

-1 基礎スラブ底面における支持力の扱いの変遷

基礎規準・指針

             記述の内容

 1952年版規準

23条 総則の2. 杭基礎の許容支持力は杭の支持力のみにより、基礎盤底面の支持力は加算しないものとする。但し、間隔大なる摩擦杭を用いるべた基礎においては杭の摩擦力の他推定許容地耐力度の1/2、且つ3t/m2以下を基礎底面積に乗じてこれを加えてよい。

 1960年版規準

27条 くい基礎設計の基本事項の3. くい基礎の許容支持力はくいの支持力のみによるものとし、特に検討した場合のほかは基礎スラブ底面における地盤の支持力は加算しないものとする。

 1974年版規準

23条 くい基礎設計の基本事項の3. くい基礎の許容支持力は、くいの支持力のみによるものとし、とくに検討した場合のほかは、基礎スラブ底面における地盤の支持力は加算しないものとする。

1988年版指針

 

6.1節 杭基礎設計の基本事項の3. 杭基礎の許容支持力は、杭の支持力のみによるものとし、とくに検討した場合のほかは、基礎スラブ底面における地盤の支持力を加算しない。

2001年版指針

2019年版指針

とくになし

とくになし

 

 1)これを見ると、1952年版基礎規準〔この規準は、序文で“更に慎重を期して一先ず(案)として発表し、各方面の実施検討を経た上本決定に運ぶことゝした”と書かれている〕にすでに両者を加え合わせることに相当の制限を付けていることが分かる。総則の2.の解説(p.110)では次のように書かれている。「地盤が軟弱で而も深く迄その層が至り、ベタ基礎を用いてもなお支持力の足りないような場合には、摩擦式杭等でその不足支持力を補うことがある。このような場合に限り、許容地耐力度の1/2、且つ3t/m2以下を限度として之を基礎底面積に乗じ、摩擦支持力に加算して良いことにした。」

 これは3t/m2という数値が示しているように、そもそも直接基礎では支持することに不安を感じるような軟弱地盤の場合であり、ラフトと杭が共同して建物を支持するという意味で文字通りパイルドラフトを指していると言える表現であろう。筆者は、学生時代に講義で聴いた覚えがあるのは、杭基礎の支持力は杭自身の支持力と基礎スラブ下面の接地圧との和で構成されるということであり、ずっとそのように信じ込んでいたのであるが、この規準の記述を読んでこんなに早い時期から 両者を加え合わせるには相当の条件が揃った場合でないといけなかったのかを知って驚いたのである。

 2)1960年版基礎規準27条解説(p.187)では、1952年版の上記記述を引用し紹介した後に以下のように続けている。「本規準において、これを取去って特に検討した場合のほかとしたことは、摩擦ぐいを設けた基礎の許容支持力は、地盤内部の摩擦ぐい先端面とくい群先端面に発生する応力と抵抗力のつり合いにおいて考えられるものであり、これは土層構成・くい長・くい本数・基礎スラブ面積などによって影響されるものである。これを無関係な基礎スラブ下の地盤支持力と関連させることは、ある場合においては危険を伴うおそれがあるため、おのおのの実績から摩擦ぐい支持力と地盤支持力との加算が肯定される地域にあっては例外として扱うことにする。」すなわち、条件が揃った場合には両者を加算することを例外的に許すとしているのである。

 3)1974年版基礎規準23条解説(p.205)では、1960年版基礎規準を受けて摩擦杭基礎では群杭の周囲の摩擦抵抗を加算した場合の方が小さくなる場合があることに触れ、それで支持力が決まることの注意が記述されている。すなわち、群杭のブロック破壊を考える訳である。ただ、そのような破壊が生じるまでには相当大きな沈下量となり、難しい問題点があるともしており、結論的には以下のように締めくくっている。「以上より、ゆるい砂層中に締固めぐいとして用いた場合で、かつよく検討したとき以外は、加算できることはきわめて少ないものといえる。」

 1960年版から1974年版の基礎規準の時代には、筆者は重要な経験をした思い出がある。

 その一つは、都市再生機構の前身である当時住宅公団とよばれていた中層の住宅があちこちで地盤から浮き上がった状態で、4,5段の階段を付けないと入り口に入れないという状況がテレビ、新聞などで報道されたことである。地盤沈下地帯でよく見られる現象で、杭に負の摩擦力が作用して地盤中に引きずり込むことで起きる。当時は高度経済成長期のまっただ中で、長尺の鋼管杭などがしきりに打ち込まれていたから、杭が先端で突っ張ることで建物を支持している一方で、地盤だけが先行して沈下した結果現れた現象である。

 二つ目は、1974年版基礎規準30条に新設された「負の摩擦力」の根拠となった図30.5の計算を担当したことである。かつて「2019 建築基礎構造設計指針改定版についてのメモ」という小論を書いたことがあるが、その中の「2. 負の摩擦力の設計式の提案経緯」がそれに当たる。詳しくはそのメモに譲るが、ごく概略を示すと以下の通りである。

 筆者が当時建設省建築研究所〔以下「建研」と略記〕に入所して間もない頃、千葉県浦安市の小学校の被害が社会問題になったことがある。これも上記と同じ地盤沈下に伴う負の摩擦力が原因で不同沈下を起こしたものである。その対策として建研内に検討委員会が立ち上げられ、負の摩擦力の設計法を作成することになった。当時建築学会の基礎関係者も多く委員に参加していた関係もあって、旧建設省の課長通達〔住指発第2号通達「負の摩擦力を考慮したくいの設計指針について」昭和50年1月7日〕として通達されたと同じ内容が基礎規準にも掲載されることになったのである。その計算を担当した委員会で、各種杭の負の摩擦力の実測例を知ることになり、支持杭だけでなく、摩擦杭でも負の摩擦力の影響を受けた杭の鉛直応力分布となる〔同規準の解説図30.3などを参照〕ことを知ったのも重要な経験となった。

 これらのことを受けて、建研の先輩である故阪口理博士などは、あちこちで“地盤面と杭頭の間に隙間が出来るので設計は杭の支持力のみとし、基礎スラブ下の地盤の支持力は加算してはいけない”と強調していた。それを見ながら、筆者は余り強く言いすぎないようにした方がよいのではないかと心配したことを覚えている。摩擦杭の場合は慎重に検討すれば加算してもよいことになっているので、そのケースまでを含めて加算を禁止してしまうことになるからである。しかし、摩擦杭でも負の摩擦力の鉛直応力分布となる実測結果があるのは事実であるので、それも重要視する必要はある。要は、沈下についての検討を十分行うことが大事であることを強調するべきであって、単に禁止すると言うことでは余りに仕様書的ではないか、などと考えを巡らせていたことを思い出すのである。

 4)1988年版基礎指針では、6.1節が「杭基礎設計の基本事項」とされ、その3項目に1960年版基礎規準以来の同じ文章が書かれている。解説では、基礎スラブと地盤との間に空隙が生じるために「支持杭の支持力と基礎スラブ底面の地盤の支持力とを加算できないことは明らかである」とした上で「地盤沈下地域でもない場合でも、基礎スラブ下の杭間地盤は軟弱な場合が多く、施工時に乱された部分の沈下や、わずかの地下水位変動による沈下などが生じやすく、長期間にわたって基礎スラブ下の地盤の支持力を期待することは難しい。このことは、つぎに述べる摩擦杭に支持された基礎スラブの場合にもあてはまることである」とされ、以下のように続けられている。「…杭間隔と本数と長さとの関係によっては、杭先端面の支持力と群杭の周囲の摩擦抵抗を加算したもののほうが小さくなり、群杭の支持力はこれによって決まることがある。…このような実状において基礎スラブ底面の支持力を摩擦杭の支持力に加算することは危険を伴うおそれがあるため、注意が必要である。」杭間隔が比較的大きい場合には、その「相互作用を明らかにし、かつ沈下量が構造物に許容しうる範囲内で、摩擦杭基礎の許容耐力を決定する必要がある」と締めくくられている。

 以上から、群杭としての検討も含めて基礎スラブ底面の支持力を加算するにはかなりの検討を重ねる必要があることが理解出来る。

 5)2001年版基礎指針では、第7章「併用基礎」にパイルド・ラフト基礎が新設されたために、杭基礎では1988年版指針まで書き続けられて来た内容は削除されている。さらに今回の2019年版指針では、7章自体が「パイルド・ラフト基礎」として格上げされた扱いとなっているために、当然ながら加算に関する記述はない。

 以上、基礎規準、指針の記述の変遷を見てきたが、杭基礎〔パイルド・ラフト基礎も含めて〕の沈下を検討することの重要性がますます大きくなっていることが理解出来る。杭とラフトの支持力が加算出来るかどうかはそれによって決まることになろう。

 なお、場所打ちコンクリート杭〔場合によっては埋込み杭も含める方がよいかも知れないが〕などでも周面摩擦抵抗の方が主体的になることで、支持杭よりは摩擦杭あるいはパイルドラフト的な挙動をしていることになっているのではないか、という点も忘れてはならない。最近では、ほとんどがその種の杭、すなわち掘削を伴う施工の杭となっており、その一方で負の摩擦力による被害があったと聞くことが少なくなっているが、その理由がこの種の杭では先端での沈下量がかなり大きくなることにあるのではないかと考えているのである。支持杭として設計されていても、実際にはパイルドラフト基礎となっているからかも知れないからである。この点について筆者は最近新しい考えを持つようになっているが、それは別の機会に考察して見たい。