「いしずえ通信 第51号」を掲載しました。

当会杉村義広代表理事が基礎構造に関わるいろいろな問題についてコメントする「いしずえ通信」。

今回は、第51号「杭の先端沈下0.1D時の荷重は極限支持力なのか?」を掲載しました。

第48号~50号に続いて、先般改訂された日本建築学会「建築基礎構造設計指針(2019)」関するものです。

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いしずえ通信第51(2020.4.5)別添 

 

杭の先端沈下0.1D時の荷重は極限支持力なのか?

                   (一社)基礎構造研究会代表理事 杉村義広

 

 今回はいしずえ通信第50号に引き続いて「杭の極限支持力」の意味について書いてみたい。最近届いた基礎工20204月号では「技術士試験の傾向と対策」が特集されており、ぱらぱらとページをめくっていると、各論「土質基礎研究会:基礎の支持力(杭基礎、直接基礎ほか)(選択科目Ⅱ-1)」があり、その中の図-4とその説明に気掛かりな点があることに気づいたからである。この点は、建築学会の改定基礎指針2019に関連して筆者が気になっていたことでもあり、建築界特有の問題と考えていたが、技術士となると土木系も含めて広く建設界全体に及ぶことになる。今、日本だけでなく世界中が新型コロナウイルス感染で戦争状態と報道されるほどになっているが、その感染の拡大状況と似ていると思えるほどに建築ばかりでなく土木系まで含んだ広範囲に病魔が広まっているのかと驚き、このまま放置しておけば今後に多大の支障を来すことになるので、ここで正しておかないといけないと考えざるを得ない心境にもなっている問題である。

 図-4の説明は次のように書かれている。「①に示すように杭頭に鉛直荷重を載荷すると、荷重とともに沈下量が増加し、最終的には荷重の増加がなくても沈下が著しく進行する状態になる。このような状態になったときの荷重を極限支持力と呼ぶ。〔ここまでは問題なく読めるが、行変えされた以下の文章が気に掛かるのである〕一方、鉛直荷重を載荷しても、図-4の②に示すように明確に変化点が現れないまま、杭頭沈下量が杭径の10%を超えるような場合もある。この場合は、杭頭沈下量が杭径の10%に達した時の杭頭荷重を極限支持力としている〔参考文献として日本道路協会:道路橋示方書・同解説Ⅳ下部構造編、2017.3が挙げられている〕。この文章の最後の「…極限支持力としている」という言い方が気に掛かるのである。

 ①が打込み杭、②が場所打ちコンクリート杭〔あるいは埋込み杭〕の場合を想定して書かれていると推測するが、それが正しいとすれば沈下量/杭径の比率で示されている縦軸は沈下量そのものでなければならない。また、“杭の極限支持力”と表示されている2点のうち、①の沈下軸に平行となった点は0.1DD:杭径)に相当しているのであり、②の0.1Dの点は本来比率ではなく沈下量を示していると見るのが正しい。すなわち、両者の杭径が異なっているので両者とも0.1Dとなる点はグラフ上では別の位置となり、①の場合は沈下軸に平行となっているので極限支持力と呼んでも問題はないが、②の0.1Dの点についても極限支持力と呼んでいるのは間違いなのであって問題が大きいのである。なぜなら、これら2つの荷重-沈下曲線が同じ支持層で行われた載荷試験から得られたものとすれば、②の場合であってもさらに荷重を掛けて杭径の数倍になるほど押し込めば、やがて①の曲線と同じように沈下軸に平行となって極限支持力に到達することが実験で確認されている例があるからである〔例えばBCP委員会の報告書「砂層に支持されるくいの支持力に関する実験的研究、1969.7」、論文としてはBCP Committee: Field Tests on Piles in Sand, Soils and Foundations, Vol.11, No.2, pp.29〜50, 1971.6が発表されている〕。その場合、極限支持力に相当する点は図から飛び出したずっと下の方に存在することになり、0.1D沈下時はそこに至る途中の段階に過ぎないのである。したがって、0.1D沈下時の荷重を極限支持力とすることは、一つの荷重-沈下曲線上で極限支持力が2つもあることになって矛盾することが明白である。

 荷重-沈下量曲線の途中段階では杭の施工法に影響されて支持力性状は大きく異なるが、極限支持力の領域になると杭の施工法は関係なくなり、支持層自体の性質が現れる。言い換えれば、極限支持力は地盤の性質で決まるものなのである。“極限”は“最果て”であるから、途中の段階が極限になることはあり得ない。

 以上の文章は、地盤工学会基準(JGS1811-2002)にならって書かれたものと推定される。すなわち、基準では「第2限界抵抗力は、押込み抵抗が最大となった時の荷重とする。ただし、先端変位量が先端直径の10%以下の範囲とする」とされているので、この“限界抵抗力”という用語が使用されていたなら、それなりに理解出来るのである。しかし、“極限支持力”〔学術的には杭の支持しうる最大の荷重、すなわち、載荷試験を行った場合は荷重-沈下曲線が沈下軸に(実際にはそれより少し小さいのでほぼ)平行となるときの荷重と定義されている〕の言葉で表現されているので、これは学術的には間違いであるということになるのである。図-4では、実用上の理由から現実的な0.1Dの範囲内だけに絞って考えているので、その中で最大の値であるに過ぎないから“限界抵抗力”ならば約束事として受け入れる余地はあるが、極限値としての“極限支持力”と呼ぶのは学問的にも許しがたい誤謬と言わざるを得ない訳である。

 掘削を伴う場所打ちコンクリート杭や埋込み杭では、極限支持力を基本に考えると沈下量が大きすぎて現実的ではないので、代わって0.1D沈下時の荷重を基準にしているだけの話なのである。打込み杭の時代から続けられてきた極限支持力にある安全率を考えて支持力設計式を考える方式を踏襲するために、0.1D沈下時の荷重を無理に“極限支持力”に当てはめて形だけ合わせているのが実態であると言えよう。この状況を打開するために、筆者は0.1D沈下時はまだ荷重-沈下関係が進行している途中段階であることを肝に銘じ、0.1Dといった比率ではなく絶対沈下量で表し〔例えば“限界沈下量”と呼ぶなど〕、その時の荷重を“限界支持力”と呼ぶことを提案し、これを設計の基準とするべきであると考えている。 

 繰り返しになるが、0.1D沈下時の荷重を極限支持力と考えることが許されるのは打ち込み杭の場合だけであって、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭に対しては極限支持力と呼ぶのは学術的には間違いであることを再確認したい。にも拘わらず、専門家の中でも0.1D沈下時の荷重は極限支持力であると口にする人が現れ出している状況にあると聞くと、筆者は危機感を覚えるのである。その状況を筆者は新型コロナウイルスに喩えて“病魔に感染している”と考えているが、その局面を打開するために闘い続けたいと考えている。