当会杉村義広代表理事が基礎構造に関わるいろいろな問題についてコメントする「いしずえ通信」。
今回は、第53号「0.1Dの誤謬はここまで広く、深く浸透してしまっていたのか」と、
その参考資料「杭の極限支持力についての歴史的流れを考える」
を掲載しました。
第48号~51号に続いて、先般改訂された日本建築学会「建築基礎構造設計指針(2019)」関するものです。
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いしずえ通信第52号(2020.4.19)別添
0.1Dの誤謬はここまで広く、深く浸透してしまっていたのか
(一社)基礎構造研究会代表理事 杉村義広
今回は表題に示したような気分にさせられた二つの経験について触れてみたい。
一つは、今年1月に建築学会基礎構造運営委員会宛に出した改定基礎指針2019に対する質問書に関するものである。その回答が『「建築基礎構造設計指針」Q&A・正誤表』として公開された。『「建築基礎構造設計指針」(第3版,2019年11月刊行) 質問と回答〔整理番号1-01から1-43まで:2020年4月8日更新〕』と題された中味のうち整理番号1-02が筆者の質問に該当するものである。そこでは質問と回答が以下のように示されている。
『質問:杭の支持力問題で重要な役割を果たす「杭の極限鉛直支持力」が「用語」から外されているのはなぜ
ですか? 本文(6.1)式や表6.2には,その言葉が唐突に現れている印象が拭いきれず,また,解説文ではこの
言葉について混同あるいは混乱が見られる箇所があり,学術書である指針としては疑義を感じざるを得ないの
で,早急に対処するようご検討ください。
回答:「杭の極限鉛直支持力」の用語が抜けておりましたので,以下の説明を正誤表にて追加します。極限
[鉛直]支持力:構造物を支持しうる最大の鉛直方向抵抗力。基礎形式に応じて,直接基礎の極限[鉛直]支持
力,杭の極限[鉛直]支持力などという。杭の極限[鉛直]支持力を載荷試験より求める場合には,杭先端径の
10%の沈下量を生じるときの支持力を指すこともある。』
実は、質問にまとめられているのは提出した質問書のまえがきの部分のみが採用されて書かれているのである。破棄された部分には、“掘削を伴う場所打ちコンクリート杭や埋込み杭の場合には0.1D沈下時の荷重を極限支持力と呼ぶのは学術的定義に反して間違いであること”〔なぜなら、さらに大きな沈下量になるまで押し込むと本来の極限支持力に到達するから、同じ荷重-沈下曲線で二つの極限支持力が存在してしまう矛盾につながるからである〕、また、0.1D沈下時に対応するものに対しては極限支持力とは別のものであることを明記するために、例えば“「基準沈下量」を設定し、その時の荷重を「基準支持力」とする”といった沈下量を前面に押し出した定義に変えて行くべきであるとの提案が含まれていたのである〔提出した質問書では、指針が限界設計法の考え方を取っているのでそれを尊重して“限界沈下量”、“限界支持力”という言葉を使っていたが、基本に立ち戻って考えた方がよいと思い、ここでは“基準沈下量”、“基準支持力”の言い方に替えて表現した〕。それが無視された形で、“用語が抜けていた”との理由だけで〔筆者は意図的に外されたのではないかとさえ思っていたのである〕正誤表に追加するということである。その回答も、前半はこれまでの定義と変わらないので違和感はないが、“載荷試験より求める場合には、杭先端径の10%の沈下量を生じるときの支持力を指すこともある”の部分は定義ではなく、それ以上の載荷が出来ないか、沈下量が大きすぎて設計上の対象として意味が薄くなってしまったために講じた手段に過ぎない。そもそも0.1Dまでという沈下を決めて、その中での話に限定しているので極限支持力とは無縁の話であることは明らかである。
この後半の文章を追加することは学術的な定義を改竄することにも通じており、基礎構造運営委員会の委員の方々はその責任を負うことになるのを肝に銘じて頂きたいとも思う。基礎構造運営委員会と言えば、この国の建築基礎構造の中心となる人々の集まりであり、この0.1Dの誤謬がここまで広く、かつ深く感染してしまったのかと今更ながら落胆させられる思いである。この過ちを正すために“沈下量制御への道”〔沈下を前面に押し出す考え方を筆者はこう呼ぶことにしている〕へ変えて行く闘いを続けて行かねばならぬとの決意を新たにしている。
二つ目は、埋込み杭でも0.1D問題は意外に早くから生じていたことに改めて気づかされたという点である。親しく友人関係にあるパイルメーカーのOB技術者と久しぶりに話し合う〔と言ってもメールでの話であるが〕機会があった。その中で、次の様な話題が出た。
建築センターの基礎評定委員会で杭の新工法の評定申請をしたことがあり、以前から行っていたように荷重-沈下曲線が沈下量軸に平行になった荷重をもって極限荷重とし、極限支持力を求めて申請したということである。その時の沈下量は0.1Dを超えるものもあったという点、それとともにその話は昭和62(1987)年頃のことであったという二点が重要である。
第一の点については、“沈下量軸に平行になる” とは“荷重が上がらずに沈下だけが進む”状態を意味しているので、0.1Dを超えてしまい、非常に危険な状況になっていたと類推することが出来る。通常の載荷試験ではそこまで行わないのが普通であるから、その実験は、かなりの危険を感じながらも慎重に進め、研究的な意味でも目的を完璧に達成するように意図した良心的な載荷試験であったと思われる。ところが、委員会で説明をした際に委員長から「沈下量が0.1Dをもって極限荷重とする」と言われ、データを作り直させられ、再申請を余儀なくされたということである。既存の解釈を不適格とするなら、それなりの根拠を示して貰いたいと思ったとの感想まで聞くことになった。
建築センターは、事実上、世の中から行政の窓口となっていると見られている現状であり、その評定委員会の委員長は関連分野の専門家である大学教授に依頼するのが慣例である。その観点からすれば、本来の極限支持力を確定しようとしているのに、委員長がそれを無視して「0.1D沈下時の荷重を極限支持力とせよ」と強制したことになり、真実を探究すべき専門家が権力を使って本末転倒の指示を出した構図となっている。
筆者は、2001年版基礎指針で“地盤工学会基準(JSF1811-1993)杭の押込み試験方法の第2限界荷重に相当する鉛直支持力を極限支持力として扱う”と記述されて以来、0.1D問題が始まったと思っていたが、以上の話を聞いてみると、その兆しはすでに古くから出始めていたと考える必要があると気づいた。そこで歴史的な流れを振り返ってみる必要性を感じ、建築学会の規準・指針とともに関連する主要な論文を表-1に挙げてみた。それぞれの内容は、別に参考として「杭の極限支持力についての歴史的流れを考える」で考察したので、詳しくはその資料を参照していただくこととし、ここではごく簡単に上記した事柄を中心に振り返ってみたいと思う。
表-1 建築学会の規準、指針と極限支持力に関する主要な論文の歴史的流れ
1960年版基礎規準 |
Meyerhof:の支持力式が示される。 |
BCP 委員会の実験 |
BCP委員会:砂層に支持されたくいの支持力に関する実験的研究、1969.7、論文としてはBCP Committee: Field Tests on Piles in Sand, Soils and Foundations, Vol.11, No.2, 1971.6, pp.29〜50 |
1974年版基礎規準 |
Meyerhof:の支持力式が修正され、場所打ちコンクリート杭などの式も示される。 |
岸田、髙野の論文 |
岸田英明、髙野昭信:砂地盤中の埋込み杭先端部の接地圧分布(その1. 加圧砂地盤タンクの製作及び接地圧分布形の実験結果)、建築学会論文報告集、第260号、1977.10、岸田英明、髙野昭信:砂地盤中の埋込み杭先端部の接地圧分布(その2. 接地圧分布と埋込み杭の先端支持力の関係)、建築学会論文報告集、第261号、1977.11、髙野昭信(博士論文):砂地盤に設置されたNONDISPLACEMENT PILEの先端支持力、1981.3 |
友人の経験談1987 |
建築センター基礎評定委員会へ評定審査申請した話 |
1988年版基礎指針 |
0.1D沈下時の荷重を基準支持力と定義し、施工法ごとに支持力式を示している。 |
山肩らの論文 |
山肩邦男、伊藤淳志、山田毅、田中健:場所打ちコンクリート杭の極限先端荷重および先端荷重〜先端沈下量特性に関する統計的研究、日本建築学会構造系論文報告集、No.423、pp.137〜146、1991.5 |
筆者らの実験1996 |
杉村義広:大口径場所打ち杭の鉛直支持力と問題点、建築技術、No.557、pp.168-171、1996.6 杉村義広、板橋薫、田村昌仁、鳥居信吾、萩原庸嘉、藤岡豊一:低コストを目的とした大口径場所打ち杭の鉛直載荷試験-同一敷地における杭径2.5m、1.5mの2本の載荷試験-、基礎工、Vo.25、No.12、pp.129-135、1997.1 杉村義広、田村昌仁、寺川鏡、持田悟、長岡弘明、山崎雅弘、藤岡豊一:大口径場所打ちコンクリート杭の先端載荷試験とシミュレーション解析、日本建築学会構造系論文集、第560号, pp.115-123, 2002.10 |
持田らの論文 |
持田悟、萩原康嘉、森脇登美夫、長尾昌:場所打ちコンクリート杭の支持力性能(その1)先端荷重-先端沈下特性、建築学会大会、pp.725〜726、2000.9 |
2001年版基礎指針 |
0.1D沈下時の荷重を含めて極限支持力として扱うことに変更した。 |
ⅰ)静力学公式と呼ばれる本格的な杭の支持力式が1960年版基礎規準で示されたのが最初であり、Meyerhofの式がそれに当たる。1974年版基礎規準ではその係数が少し変えられているが、これらは打込み杭を対象としたものである。場所打ちコンクリート杭の支持力式は1974年版基礎規準で初めて示されることになったが、基本的には打込み杭にならった形で、支持力係数が小さめに設定されている。
ⅱ)その間の1967年に行われたBCP委員会の載荷試験は、同じ敷地で打込み杭と埋込み杭を比較したもので、埋込み杭が極限支持力に達する沈下量は打込み杭の2〜3倍を要しているという重要な結論を得ている。密な砂礫層での打込み杭の極限支持力は1.5Dで生じているとの結論も示されているが、それは沈下軸に平行になる点を厳密に追った結果であり、荷重-沈下曲線をよく見直して見ると、それ以前に形状が極端に変化する点があって、それが0.1Dあたりに対応しているので、現実的には従来の極限支持力判定事例と矛盾しているわけではないことも確認出来る。
ⅲ)1970年代の終わりから1980年代に発表された岸田・髙野の論文では、後に2001年版基礎指針でも採用された荷重-沈下量関係の正規化式〔記号は2001年版基礎指針によるので後述〕が注目される。とくに髙野の学位論文には詳しく書かれており、荷重-沈下曲線で極端に変化する点を両対数グラフで求めて第1極限支持力と定義し〔0.2Dの沈下時とされ、上記して来た0.1Dとは少し違う点に注意〕、それを標的として式を求めたことが示されている。その過程に関しては、とくに問題はないものの筆者には“第1極限支持力”とする命名法が気に掛かるのである。確かに両対数グラフで折れ点となることは地盤が塑性化していることを示しているとはいえ、“極限”の言葉を当てるのは行き過ぎの感を否定できないからである。極限支持力は一つの荷重-沈下曲線では一つしかない筈であるから、“第2極限支持力”と定義されたものがそれに該当し、“第1極限支持力”は別の適切な用語が当てられるべきであるというのが筆者の感想である。
ⅳ)上記した友人の経験談は1987年のことであるが、騒音規制法(1968)以後、市街地での打込み杭は禁止されてしまったので、既製杭は埋込み工法に頼らざるをえない状況であったことを暗示している。パイルメーカーごとに開発競争がなされ、建築センターの評定を取るのが埋込み杭の常道であったので、建築学会の書物には記述されることはほとんどなく、その理由から忘れがちであるが、埋込み杭の0.1D問題は相当古い時期から始まっていたのだとの認識を新たにしている。
ⅴ)1988年版基礎指針の特徴は、場所打ちコンクリート杭〔掘削を伴うという意味で埋込み杭も同類という意識はあったが〕の0.1D 沈下時の荷重は打込み杭のような極限支持力とは言えないことを明記したことで、“基準支持力”という用語があてられたことである。筆者はこの指針作成時に基礎構造運営委員会の幹事を務めていたので、その経緯は熟知していたこともあり、掘削を伴う杭の支持力問題に関して一つのエポックを画したとも考えている。
ⅵ)山肩らの論文、持田らの論文は場所打ちコンクリート杭の正規化グラフを検討したことに特徴があるといえる。これらの論文でも0.1D 沈下時の荷重を極限支持力としていることが気にかかるが、個人としての主張であるという点である程度は認めることが出来る。しかし、学会の書物である2001年版基礎指針で明確に極限支持力と明記されると状況は変わる。この指針では、一般式の係数α=3、n=2とされた式が示され、(Rp/Ap)uが極限支持力度と明記されているのである。学会の書物であれば前書の内容を書き換える時には、それなりの理由を明記するのが普通であると思われるが、何の断りもなく、用語からも外されていることは腑に落ちない。この指針は限界設計法で統一したい意図に急でありすぎたために“0.1D 沈下時の荷重を極限支持力とする学術的間違い”を犯したものと思われる。
ⅵ)改訂基礎指針2019は、基本的に2001年版基礎指針を踏襲しているので、上記と状況は変わらない。
復習を兼ねて考えて見ると、0.1D沈下時が極限支持力の領域としてよいのは打込み杭の場合だけであって、掘削を伴う場所打ちコンクリート杭や埋込み杭では、杭径あるいはその数倍の沈下量まで押し込まないと極限支持力には達しないことを再確認しておく必要がある。0.1D沈下時は荷重-沈下関係がまだまだ進行中の途中段階であることを銘記しておかないといけないということである。そして、極限支持力の領域では杭先端にコアが出来て支持力機構が形成されることになるが、0.1D沈下時はそこに至る中途段階であるので杭先端がばねとして作用していると考える方が適切となる。そのため、支持力機構というよりは沈下機構を考える方が相応しい。筆者はこれを“沈下量制御への道”と名付け、“0.1Dの誤謬”とセットにして何度でも繰り返し主張して行きたいと考えている。
(注)埋込み杭の最近の状況では、杭先端を拡大掘削して見かけ上杭径を大きくし、支持力を増大させる「高支持力杭」と呼ばれる形式に変化していることに触れておく必要がある。その支持力を評価する場合、開発者〔あるいは研究者も含めて〕が拡大した径を対象としているのに対して、行政側は杭体の径までしか認めないというギャップが生じている。そのために先端支持力αÑApの係数αが異常に大きな数値となってしまうという別の問題が起きており、0.1Dの誤謬のほかに支持力機構と杭体の関係も加わることになって、問題はさらに複雑化している現状にある。
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参考
杭の極限支持力についての歴史的流れを考える
(一社)基礎構造研究会代表理事 杉村義広
表-1には、筆者なりに杭の極限支持力についての歴史的流れを考察するために建築学会の規準・指針とともに関連する主要な論文を挙げてみた。以下に、これらの概要を考察してみたい。
表-1 建築学会の規準、指針と極限支持力に関する主要な論文の歴史的流れ
1960年版基礎規準 |
Meyerhofの支持力式が示される。 |
BCP 委員会の実験 |
BCP委員会:砂層に支持されたくいの支持力に関する実験的研究、1969.7、論文としてはBCP Committee: Field Tests on Piles in Sand, Soils and Foundations, Vol.11, No.2, pp.29〜50, 1971.6 |
1974年版基礎規準 |
Meyerhofの支持力式が修正され、場所打ちコンクリート杭などの式も示される。 |
岸田、髙野の論文 |
岸田英明、髙野昭信:砂地盤中の埋込み杭先端部の接地圧分布(その1. 加圧砂地盤タンクの製作及び接地圧分布形の実験結果)、建築学会論文報告集、第260号、pp.21-33、1977.10、岸田英明、髙野昭信:砂地盤中の埋込み杭先端部の接地圧分布(その2. 接地圧分布と埋込み杭の先端支持力の関係)、建築学会論文報告集、第261号、pp.25-38、1977.11、髙野昭信(博士論文):砂地盤に設置されたNONDISPLACEMENT PILEの先端支持力、1981.3 |
友人の経験談1987 |
建築センター基礎評定委員会へ評定審査申請した話 |
1988年版基礎指針 |
0.1D沈下時の荷重を基準支持力と定義し、施工法ごとに支持力式を示している。 |
山肩らの論文 |
山肩邦男、伊藤淳志、山田毅、田中健:場所打ちコンクリート杭の極限先端荷重および先端荷重〜先端沈下量特性に関する統計的研究、日本建築学会構造系論文報告集、No.423、pp.137-146、1991.5 |
筆者らの実験1996 |
杉村義広:大口径場所打ち杭の鉛直支持力と問題点、建築技術、No.557、pp.168-171、1996.6、 杉村義広、板橋薫、田村昌仁、鳥居信吾、萩原庸嘉、藤岡豊一:低コストを目的とした大口径場所打ち杭の鉛直載荷試験-同一敷地における杭径2.5m、1.5mの2本の載荷試験-、基礎工、Vo.25、No.12、pp.129-135、1997.1、杉村義広、田村昌仁、寺川鏡、持田悟、長岡弘明、山崎雅弘、藤岡豊一:大口径場所打ちコンクリート杭の先端載荷試験とシミュレーション解析、日本建築学会構造系論文集、第560号、pp.115-123, 2002.10 |
持田らの論文 |
持田悟、萩原康嘉、森脇登美夫、長尾昌:場所打ちコンクリート杭の支持力性能(その1)先端荷重-先端沈下特性、建築学会大会、pp.725〜726、2000.9 |
2001年版基礎指針 |
0.1D沈下時の荷重を含めて極限支持力として扱うことに変更した。 |
ⅰ)1960年版基礎規準では、砂質地盤を対象としたMeyerhofの支持力式〔Meyerhof: Penetration Tests on and Bearing Capacity of Cohesionless Soils, Prpc. ASCE, Vol.82, pp.1-19, 1956〕である(29.7)式の極限支持力Ru=43NAp+Ñ/6が示された。ここでは杭先端の抵抗力が関心事であるので右辺第1項に注目したい。杭先端でのN値と杭面積Apに対する係数43は原論文では4NApとされて単位がt/ft2で求められていたので、t/m2に換算するために0.3032で除して丸めたものである〔同様に右辺第2項の杭周面摩擦抵抗力に対して考察すれば、以下の書き換えがなされたものと推定される。砂層中の平均N値Ñと杭表面積Asに対する係数が、静的コーン貫入試験の場合にはÑ/50、ペネトロメーターの場合にはÑ/100の平均値が得られるとしたMeyerhofの結論を、規準の原案作成者がさらにそれらの平均値を取ってÑ/75とし、それに換算値で除して丸めたものと思われる〕。
ただ、ここでの関心事からすればそれ以上に大事なことがある。Meyerhofは杭の支持力を目的としている筈なのに論文題名は単に「砂質土の貫入試験と支持力」とされていることである。それは、MeyerhofがTerzaghiの浅い基礎、したがって地盤の塑性論に基づいた支持力理論から出発して杭の支持力に発展させたことによるのであり、上記ASCEの論文の前にGeotechniqueに発表した元論文〔Meyerhof: The Ultimate Bearing Capacity of Foundations, Geotechnique, Vol.2, No.4, pp.301-332, 1951〕があるからである。その詳細はここでの本題ではないので省略するが、Meyerhofが単に杭と言っていることにも注目しておきたい。その当時杭と言えば事実上打込み杭を指していたので、この設計式は事実上打込み杭を対象としていたものであるという点、したがって1960年版基礎規準もそれに準じていたということを忘れてはならない〔場所打ちコンクリート杭という言葉はあったが、むしろペデスタル杭という言い方が普通で、今日から見れば一時代前の形式のものであり、現場打ちという意味ではピヤと呼ばれる形式の基礎もあって、場所打ちコンクリート杭よりは少し大型であることで区別されていたようである〕。
ⅱ)1974年版基礎規準では、杭の施工法ごとに支持力式が杭先端支持力と杭周面摩擦力に別けて明記されるようになった。以下、先端支持力の項についてのみ記述する。
打込み杭についてはMeyerhofの式が継続されているが、Ru≒30ÑAp(24.3)式に変更されている。係数43が30へ低減されたのは、コーン貫入試験では先端面積が10cm2と小さく、実際の杭との間に寸法効果があることによる。また、平均N値Ñは文献〔C. Van der Veen and L. Boesma: The Bearing Capacity of a Pile Predetermined by a Cone Penetration Test, Proc. 4th ICSMFE, Vol. 2, pp.72-75, 1957〕を参考にして、杭先端から下に1D、上に4 Dの範囲を取ることに変更されている。
場所打ちコンクリート杭と埋込み杭については、載荷試験を行う場合には全般破壊型の荷重-沈下曲線を示す打込み杭と違って進行性破壊の性状を持つとされ、降伏荷重の1/2、あるいは極限荷重の1/3を長期許容支持力とすることが明記された。載荷試験を行わない場合の場所打ちコンクリートの長期許容支持力算定式については、(24.18)式として15ÑApの1/3が示されているので15ÑAp〔単位はt/m2〕が先端での極限支持力として評価されていることになる。平均N値Ñについては、打込み杭に準じて先端から下に1D、上に4 Dの範囲を取ることにされている。
埋込み杭については杭メーカーごとに新しい工法が開発され、建築センターの評定に基づいている現状であったから、この規準ではとくに記述されていない。
ⅲ)以上の1960年版と1974年版の基礎規準に挟まれた時期にBCP委員会の実験が行われていることが象徴的である。東京赤坂見附の東急ホテル建設予定地で、実験用として製作された杭径20cm、肉厚3cm、長さ1.25mの鋼管杭〔先端と側面には土圧計が配備されている〕を継杭として必要なだけ継ぎ足すことで、埋込み、押込み、打込み工法で最大12m程度の長さまで設置した後、載荷試験を行ったものである〔支持層は東京下部層のN値50以上の密な砂礫層と、それより少し浅い中密な砂層が選ばれている〕。
本題に関係する主要な結論として一つを挙げると、極限支持力は中密な砂層では押込み杭〔打込み杭も同様とされている〕で2.8D、埋込み杭で6Dとなり、密な砂礫層では押込み杭で1.5D、埋込み杭で4.5Dとなったとされている。極限支持力に達する沈下量は、埋込み杭が押込み杭の2〜3倍を要しているが、極限支持力の大きさ自体は施工法で違いがなく、地盤すなわち支持層の性質として現れていることが認められる。ただ、少し気になるのは、密な砂礫層の押込み杭の場合でさえ1.5Dとなっていることであり、上記して来た打込み杭では0.1 D沈下時に極限支持力になるとの国際的コンセンサスにもなっていることとの開きが大きすぎるのではないかという点である。その点については荷重-沈下曲線を丹念に調べたところ、この1.5Dの判断は完全に沈下軸に平行になるまで厳しく見て確認した結果であること、それ以前に急激に形状が変化する点があって、通常の載荷試験での極限支持力の判定0.1Dと比べてそれほど違わない結果であることが判明した。この点については、後述の1988年版基礎指針のところで再度記述したい。
ⅳ)岸田、髙野の論文は、室内の加圧砂地盤タンクを用いて地表面から杭を押し込む荷重-沈下曲線を打込み杭に見立てて、それが極限支持力を連続で載荷していることに該当すると考える実験を行っている。それに対して、ある程度の深さに施工された埋込み杭の載荷試験が行われたと仮定した荷重-沈下曲線も想定し、沈下量が大きくなるまで押し込めば、いつか打込み杭の荷重-沈下曲線に到達し、それが埋込み杭の極限支持力となるとの考え方を示している。
得られた結論としては上記BCP委員会の実験に通じるものがあり、重要な論文であると筆者は評価しているが、ここではそのことよりも“第1極限支持力”、“第2極限支持力”という奇妙な命名法による概念が示されていることに違和感を持ったことの方を問題としたい。詳細は髙野の学位論文に見ることが出来るが、極限支持力は、いわば最果ての現象であるから一つしかない筈であり〔第2極限支持力と定義されたものがそれに該当する〕、“第1極限支持力”と呼ばれているものは“極限支持力”ではなく、両対数グラフなどで勾配が変わって折れ線となる先端地盤が塑性化したことを示す特異点である。したがって、極限支持力とは別の用語を当てるべきものであることを指摘しておきたい。
ⅴ)上記した友人の経験談は、1968年の騒音規制法で市街地での打撃工法が禁止されて以後、既製杭は埋込み工法によるしかなくなったためにパイルメーカーが競って新工法の開発をしていた頃の話であり、時期は次に述べる1988年版基礎指針の発行の1年前にあたっている。これほど早い時代から埋込み杭の問題は始まっていたのかと歴史的流れを今更ながら思い起こす心境になっている。
ⅵ)1988年版基礎指針は、長く続いて来た打込み杭の知識と経験に基づきながらも騒音規制法(1968)で市街地での打撃工法が禁止されて以来、掘削を伴う埋込み杭と場所打ちコンクリート杭が主体的になり始める状況の中でまとめられたものと言える。杭の支持力に関しては、前出のBCP委員会の実験結果が図-6.2.1として引用され、打込み杭と埋込み杭の荷重-沈下曲線が考察されている。縦軸は沈下量そのもので示されていることも重要であり、両者とも30cm(1.5D)を超えたあたりから沈下軸に平行となり始めており、値もほぼ同様な大きさとなる傾向が確認出来る〔すなわち、極限支持力領域では施工法の違いはなくなり、地盤(支持層)の性質が現れることを意味している〕。ただ、この判定はかなり厳しめになされたものであるとも言える。なぜなら、0.1D(2cm)の沈下あたりには急激な変化をしており、通常の載荷試験では極限支持力と判定されるだろうと思われる点が存在しているからである。したがって、現実的には0.1D沈下時を極限支持力と判断してもおかしくはないことが確認出来る。
一方、埋込みの場合は全く状況が異なり、1D(20cm)近くまで荷重-沈下関係は進行中であることが見られるので、それよりずっと小さい0.1D沈下時はとても極限支持力とは言えないことも理解出来るであろう。
場所打ちコンクリート杭に対しては図6.2.14が示され、初めて沈下についての言及が現れている。同図の説明として、領域Aは地盤の非常にしまった状態で、掘削による応力解放によっても安定性が保たれ、スライム処理も入念に行われた場合であり、0.1D 沈下時の下限が15Ñで表されるとしている。それ以外が領域Bとされているが、場所打ちコンクリート杭はばらつきが大きくなるのが現状であるとも記述されており、載荷試験で確認されていない場合はαの下限の7.5Ñを使うとされている。
図6.2.14では0.1Dの沈下まで載荷されている例はないのが気に掛かるが、場所打ちコンクリート杭で直径が1mを超えるような杭が多くなっている現状を反映して、そこまで載荷出来なかった試験ではなかったかと推察される。それに対して、この指針では数は少ないが大きな沈下量まで載荷された例もあり、荷重-沈下曲線が初めて0.1D 沈下時で基準化されたグラフが図1.4.14として示されている。
この図によれば、0.1Dを過ぎると打撃杭より非打撃杭〔参考文献として「大径PCくいの施工法と支持力に関する研究報告書、1970」が挙げられているので埋込み杭と思われる〕の方がさらに荷重-沈下関係が伸びていることが確認出来る。このことから、打込み杭の場合は0.1Dで極限支持力となるとしてもそれほど違和感がないが、埋込み杭の場合は〔場所打ちコンクリート杭も同様であるが〕0.1D沈下時は極限支持力とはとても言えない。したがって、それに代わって「基準支持力」と呼ぶことにし、用語にも定義されている〔すなわち、「極限[鉛直]支持力に達するときの沈下量が大き過ぎる場合に、極限[鉛直]支持力に代わって基準となる支持力。杭の場合には、杭径の10%の沈下量を生じるときの支持力」と定義されている〕。これがこの指針の特筆するべき点ともなっている。
ⅶ)山肩らの論文、持田らの論文と2001年版基礎指針
山肩らの論文は33例の場所打ちコンクリート杭〔杭径1〜1.9m〕の載荷試験結果を統計的に考察したもので、0.1D 沈下時で基準化したグラフを作成し、結論として次式の一般式、でαを0.27、 nを2.27とした式を提案している〔岸田英明、髙野昭信:砂層を支持地盤とするNon-displacement pile(埋込み杭・場所打ちコンクリート杭)の先端支持力、第23回土質工学シンポジウム、pp.25-32, 978.11が参考文献として挙げられている。この一般式の中で(Rp/Ap)uが極限支持力とされていることなどは2001年版基礎指針と深く関係しているので、後に再術する〕。
持田らの論文も支持層が砂礫層の場合5件、砂層の場合7件合計12件〔いずれもN値50以上、杭先端深度12.8〜48m〕、の場所打ちコンクリート杭〔杭径は1〜2.5mで、筆者らが行った1.5mと2.5mの2本も含まれている〕の載荷試験について山肩らの論文と同様な整理をしている。
これら二つの論文が影響を与えたとも思われるが、2001年版基礎指針は「砂質土に支持させた場所打ちコンクリート杭の先端における荷重 表-2 各文献の係数αとnの比較
度〜沈下比の関係は(6.3.29)式で表される」とした上で、上記の一般式で係数がα=0.3、n=2とされた式が示されている。各文献の係数αとnを改めて比較して表-2に示す。
指針(6.3.29)式が図化された図6.4.4も示すと右のようになる。係数αは原点(0,0)から出発す
る曲線の初期勾配を示し、係数nは曲線の曲率を示すことになるので、αが大きく、nが小さくなるほど、原点(0,0)から45º右下がりの線〔荷重-沈下曲線が弾性の直線となることを示す〕に近づく。逆にαが小さく、nが大きくなるほど、右45º上方へ凸状の曲線になること、したがって曲率が大きくなることを意味している〔最も極端な例として、原点(0,0)から沈下比Sp/dp=0の線を水平に進み、(Rp/Ap)/ (Rp/Ap)u=1で垂直に下降してSp/dp=1に到達する二つの直線の経路は完全剛塑性体ともいうべき性質を示す〕。
これらの文献の曲線群が一つにまとめて示された文献があったので〔鈴木直子、西山高士、渡辺和博、佐原守:中間支持杭の鉛直支持性能に関する解析的検討、建築学会大会、pp.593〜594、2017.8〕、その図5を以下に引用してみる。これは中間支持砂層のN値を種々に変えた解析を行った研究で、N値が30以上、層厚が2D以上あれば完全支持杭と同等とみなせるとの結論を得ており、2001年版基礎指針、BCS砂、BCS砂礫、次に述べる筆者らの実験と比較したものである〔山肩ほかの研究は残念ながら含まれていないが、ここではそれを含めて言及してみる〕。これを見れば、2001年版基礎指針〔図中基礎指針と示されている赤線〕が最も扁平で、山肩ほか、BCS砂、BCS砂礫の順に曲線が凸状になっており、鈴木らが解析した結果がさらに凸状の急となり、筆者らの実験結果に近いという筆者には心強い結果が報告されている。
なお、2001年版基礎指針の(6.3.29)式は、後になって表-1に示した髙野の学位論文で示された(7.13)式が同じものであると知ったことをここで記述しておきたい。それとは別に、 (Rp/Ap)uが極限先端支持力度〔kN/m2〕と定義されていることをここでは問題にしたい。1988年版基礎指針で“基準支持力”と定義されていたものが、断りなしに“極限支持力”と言い換えられているからである〔学術書では、変更する場合は理由を明記するのが常識であるが、それがなされていない〕。この指針は、限界状態設計法で統一しようとする意図があるあまり、“長期許容支持力は極限支持力の1/3”という歴史的な慣習と無理に結びつけた結果ではないかと思われるほど、無断で定義を変えたのは学術書としてあるまじき行為であるというのが筆者の感想である〔建築学会などの委員会の席で“第1極限支持力”とか“見かけ上の極限支持力”とかといった言葉を聞いたことがあったとも思い出すが、その“第1”とか“見かけ上の”の部分がいつの間にか抜け落ちて指針に現れたとも言える〕。
なお、改定基礎指針2019は2001年版基礎指針を踏襲していることを付け加えておきたい。
ⅷ)筆者らの実験
場所打ちコンクリート杭の支持力に関しては、筆者らが行った載荷試験についても言及しておく必要がある。最近の傾向として場所打ちコンクリート杭の大口径化はますます進んでおり、2mや3mを超える杭の場合、0.1Dの沈下は20cm、30cmということになり、現実の設計で対象としている沈下であろうか、杭径に対する比率で表示することが1m以下の杭の時代と同じような意味があるのだろうかとの問題が出て来る。また、先端地盤はどのような状況になっているかは誰もが知りたいことである。これらの点を調べてみようとの意図があって、杭径1.5mと2.5mの2本について0.1D以上の沈下量まで載荷したものである。詳しい内容は別の所で書いたことがあるので、ごく簡単に二つの結論についてだけ述べたい。
一つは、杭先端地盤の動きを測定した図-17についてである。論文を書いたときには抵抗力として働いている範囲、いわゆる圧力球根がどのような形状になっているのかを描き出したいという観点から得たのがリンゴ状で示される点線であった。しかし、改めてこの図を見たときに、それ以上に杭体があたかもパンチングシヤ状態で貫入しているとみることの方が重要ではないかという点に気づいたの
である。これは、杭先端にコアが出来て抵抗するという極限支持力状態のようなメカニズムではなく、杭先端はばねの状態で、杭体が地盤中に貫入していると見た方がよいのではないか、底面での抵抗力はゼロではないがその値は小さく、むしろ杭側面の摩擦力が抵抗力として主体的に働いている、いわば沈下のメカニズムというべきものになっていたのではないかということである。
二つ目は、2本の杭の先端基準支持力度〔1988年基礎指針にならって0.1D沈下時の荷重を“基準支持力”と呼んでいたのである〕をほかの文献による結果も含めて比較した結果、図-19に示すように杭径に対して右45º下がりの直線、すなわち反比例の関係が得られたことである。これを杭の支持力〔すなわち基準支持力〕に直すと、基準支持力は面積比例ではなく、杭径比例の関係状況になっているということである。
以上二つの結論は、杭先端部の抵抗力は杭先端底面での反力〔すなわち支持力メカニズムによる抵抗力〕ではなく、杭周面の摩擦力〔すなわち沈下メカニズムによる抵抗力〕であることを強く示唆している。このことから筆者は、従来の支持力メカニズムに基づくものではなく、沈下量を基底とした考え方への方向転換を提案したいと思っている。
“掘削を伴う杭の場合は、直径1m以下の杭に対しては0.1D沈下時、1m以上の杭に対しては10cmを基準値とし、その時の荷重を基準支持力として設計の対象とする” というものである。このことによって筆者は、0.1D沈下時の荷重を極限支持力とするのは学問的には間違いであることを指摘し、それを正すために沈下量で制御する方向への転換を提案したいと考えている。