当会杉村義広代表理事が基礎構造に関わるいろいろな問題についてコメントする「いしずえ通信」。
今回は、第45号「2019建築学会大会基礎PDでの成果」を掲載しました。
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いしずえ通信第45号(2019.10.06)
2019建築学会大会基礎PDでの成果
(一社)基礎構造研究会代表理事 杉村義広
今年の建築学会大会基礎PD「想定外の自然災害に対して建築基礎構造はどう向き合うべきか?」では、4つの主題解説〔1. 飯場正紀:平成30年北海道胆振東部地震における地盤災害による建築物被害、2. 山本春行:平成30年7月豪雨の土石流による広島の住戸被害、3. 時松孝次:東日本大震災における津波と基礎構造、4. 久田嘉章:地表地震断層の断層変位による建物被害と対策〕があった。いずれも過去に経験したことがないような〔これは後述するように気象庁の言い方に倣ったものである〕問題であるという点で慎重な検討を要する課題であるが、ここではまず主題の “想定外の自然災害”と3.の“津波による建物の転倒流失”を採り上げて言及してみたい。
主題の“想定外”については、いしずえ通信第3号でも述べたことがあるが、少し問題のある言葉であると言わざるを得ない。今回話題提供として採り上げると、言い換えれば、一度経験して知ってしまうとすでに想定外ではなくなってしまうので、いつまでも“想定外”と言い続けるのは不適切となってしまう。したがって、この言葉は使うのをやめた方がよいとの主旨でフロアから発言したのである〔“想定外”は何度も使っていると、保身の言い訳に聞こえるというマイナス面もある〕。台風などについて気象庁はよく考えたものだと思うが、“過去に経験したことのない” 災害という言葉であれば「過去には想定外と考えていた」ことの意味も失わず、また何よりも今後の災害に対する準備も含まれているニュアンスを示すことができるので大変うまい言い方ではないか、ということである。言葉は注意深く使わないと、とんだ誤解を招くことになる所以である。
次に、本題の津波であるが、いしずえ通信第16号に述べたことの続きと思っていただきたい。この主題についてはビデオカメラの解析が紹介され、“流速”というキーワードが印象に残った。“浸水深”については、異常に大きな浮力を発生させるという点で重要な要因となることは筆者も気づいていたのであるが、流速までには思い至らなかったので、この話には驚愕する思いで傾聴していた。そこで思い出すのは町立病院の高台から海を見ていた方の証言である。海岸通りの複数のマンホールから水が吹き上がったというものである。その話を聴いていた時には“すわ! 液状化による噴砂か?”と最初は色めき立ったのであるが、実際には津波来襲の直前であるということで、下水管に入り込んだ津波が急に早くなってマンホールに到達し、そこで吹き上がったというのが真相である。地上への津波の来襲よりも、その吹き上げの方が一瞬間ほどの差だったのかも知れないが、早かったという訳である。緊急時には、こうした異常事態が起こりやすいということであろう。
話を進めよう。津波流速の話題を聴いた結果として、筆者がいくつかの論文や解説文で記してきた津波による建物の転倒事例の、それぞれの原因がさらに明確にされた思いを持ったのである。例えば、8学会の調査報告で書いた記述〔杉村義広:1.5津波による基礎の被害の概要および4.4津波による被害、建築学会、地盤工学会、土木学会ほか:東日本大震災合同調査報告、建築編5建築基礎構造、津波の特性と被害、2015.3〕で言えば、次のような点が判然としたことなどである。
表-1には、筆者らが対象とした転倒建物の概要を表-1に写真とともに一覧する。
表-1 津波による転倒を調査した建物一覧
No. |
構造・用途 |
基礎形式 |
転倒方向 |
被害状況 |
1 |
S造3一部4階 店舗付き事務所 |
支持杭 PC杭A種 |
内陸側 |
転倒して10m程度移動。上杭が1本引き抜かれている。 |
2 |
RC造4一部5階 旅館 |
摩擦杭 RC杭 |
内陸側 |
約70m流失。ぶら下がっている杭1本、転がっている杭2本が観察される。 |
3 |
RC造2階 交番 |
支持杭 PC杭A種 |
海岸に並行 |
瓦礫の衝突を受けて転倒。杭の引張り破断という新しい被害が観察される。 |
4 |
RC造3階 事務所 |
直接基礎 |
海側 |
押し波時に洗掘された穴に落ち込むように引き波時に転倒。 |
5 |
RC造2階 倉庫 |
直接基礎 |
内陸側 |
高さ約2mのコンクリート塀を乗り越えて20m程度流されている。 |
無 |
壁式RC造3階 共同住宅 |
直接基礎 |
内陸側 |
細長い建物が50m以上流され、二つに千切れた片方がNo.3に衝突。 |
注1)表は「国土交通省国土技術政策総合研究所、独立法人建築研究所:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)調査研究(速報)、平成23年5月」(以下「建研速報」と略記)も参照して作成した。
注2)無番号は、調査時点では撤去されて観察出来なかったが、上記建研速報とともに、その後、発表された「石田通孝、時松孝次、井上修作:東北地方太平洋沖地震での津波氾濫流による建物転倒被害とその要因分析、日本建築学会大会、pp.53-54、2016.8」(以下「石田ほか(2016)」と略記)で判明した事実に基づいて追記した。

建物No.1、No.2などは津波が走りやすい長い谷筋に位置していたので流速が大きくなって〔杭支持の建物であったが、No.2の場合は摩擦杭で杭長が比較的短く浮力の影響を受けやすいとか、No.1の場合は支持杭で長い杭であったので浮力に対して抵抗がある筈であったが、杭頭接合部が不十分であったのでそこで千切れるように分離したという理由が重なっていたなどの理由が絡み合って〕転倒流失に繋がった。それに対して、水平力に対しては不利な条件の直接基礎支持である建物No.4は、町立病院の建つ高台が背後近くに存在していたために津波流速がそれほど大きくならなかったから、津波波圧も余り大きくはならなかったために転倒を免れたのであるという理由が判然としたのである。そのことで、建物No.1、No.2は内陸側へ転倒したことの理由も判然とすることになった〔No.5の位置は、やや違うものの同じ谷筋の入り口であったので内陸側への転倒のグループに入る〕。
建物No.4は内陸側への転倒はしなかったが、海側へ転倒したという別の問題を示したことになる。筆者はNo.4の元の位置の海側が深くえぐられているのを観察し、押し波時にはそこで相当洗掘されていて、引き波時にその穴に落ち込むように転倒したと推定することにした。また、それとは別に引き波時の威力も相当のものであったと考えておく必要がありそうである。谷筋をかなり内陸部まで走り昇った津波が引き波に変わった時には、逆に坂を走り下るので重力の作用も加わることになるので、引き波による水平力も相当に大きくなっていたと考えておく必要がありそうである〔それに瓦礫となった流失物の衝突作用も加わることを忘れてはならない〕。
また、建物No.3についてはとくに記述しておくべきことがある。転倒方向が海岸と並行していることが不思議であったことと、先行する報告書〔上記建研速報〕でOG-09として整理されたNo.3の建物の直近に転がっていた建物があり〔同報告書ではOG-06として示されているが、筆者らの調査時点ではすでに撤去されていたので無番号として扱った〕、それが海岸付近の駐車場に沿って建っており、津波に押し流されてNo.3の建物に衝突したことが原因であることを3.の主題解説を聴いていて再確認したからである。その衝突がなかったならば、No.3の建物は転倒していなかったかも知れないとさえ思われた。したがって、津波被害は津波波圧だけでなく、流失した瓦礫が新たな凶器となって衝突するという問題、No.3の建物の転倒の原因が過大な浮力を受けている条件下での衝突によって引張り破断と言っても過言ではない既製コンクリート杭としては新たな被害形態であったという二つの問題が投げかけられたということになる。
その他、1.の北海道胆振東部地震(2018.9.6)における地盤災害の話題は、火山灰からなる地質の造成地被害として大規模な地盤変状を来したという点で、最近では大きな問題として受け取られるようになった一つである。とくに液状化が原因と考えられる地盤変状は旧河川であった谷地形の位置に発生しており〔テレビの報道でよく出て来た情景は水道管の破裂による道路の変状であるが、それは液状化が原因ではないとの言及もされており、それとは別の現象として明言されたことが印象的であった〕、平野部海岸付近の堆積軟弱砂質地盤の液状化とは違った丘陵地域での火山灰質地盤の新たな問題として受け取る必要があると感じながら聴講していたものである。この点は、熊本地震(2014.4.14)の際に液状化による被害かどうかが話題となったことも思い出され、共通する点を感じたことが強く印象に残る。
2.の豪雨の際の土石流による広島の住戸被害は、宅地開発が直接の原因であるが“山津波”と表現したくなる災害である〔まさ土と呼ばれる関西から中国地方独特の風化花崗岩からなる特殊土で、火山性であるという点では北海道や熊本での被害例と繋がるものがあるとも言える〕。発表で示された航空写真を見ると、平野部では〔海岸地域も含めて〕すでに住宅地を造るような空き地はなく、山際を開発する以外になさそうな様相であった。ならば、その開発地の根元の所には例えば5階建ての大型市営住宅を建てるなどの考え方をするのがよいのではないか、との発想が生まれたのである。それも単なる市営住宅ではなく待ち受け擁壁と一体になった構造とし、さらに擁壁には杭と地盤アンカーが併用されているような建物、言い換えれば、それより低い住宅団地全体を守る防壁としての機能を持たせる施設の役割を持たせる訳である。それより上流に砂防ダムが計画されていれば、それも合わせての防御を考えるということがあってもよいであろう。最近では、津波の分野でも「多重防御」の考え方が主流となっているので、その考え方に倣うという方法である。広島は全国に先駆けてその有力なモデルケースとなるのではないかと夢想しながら聴いていたのである。
4.は断層直上の建物という特殊なケースの被害であるが、最近では断層直近の建物が何も被害がなかったように建っているとの意外な報告も聴かれるようになっているので、断層変位によって引きちぎられるという被害を避けさえすれば、断層直近では変位が一時に起こるもので振動被害としては恐れる必要はないのかも知れない〔断層変位によって伝えられる振動が被害の主因である〕との感想を持ったのである。
以上、今回のパネルディスカッションは、いずれも中身の濃い今まで気づかなかった多くの印象的な話を聞けたことで忘れられない機会となった。