「いしずえ通信 第50号」を掲載しました。

当会杉村義広代表理事が基礎構造に関わるいろいろな問題についてコメントする「いしずえ通信」。

今回は、第50号「杭の極限支持力の定義について考える」を掲載しました。

第48号、49号に続いて、先般改訂された日本建築学会「建築基礎構造設計指針(2019)」関するものです。

---------------------------------------------

いしずえ通信第50(2019.12.29) 

 

杭の極限支持力の定義について考える

 

                   (一社)基礎構造研究会

                     代表理事 杉村義広

 

 杭の支持力問題では根幹をなす「杭の極限支持力」の定義について今回は改めて考察してみたい。これは、いしずえ通信第48号で書いた建築学会基礎構造設計指針〔以下「基礎指針」、前身の書を「基礎規準」と略称する〕の改定に関わる記述に刺激されたものである。

 まず、基礎規準、基礎指針における「杭の極限支持力」の定義を抜き出して表-1に示す。

-1 基礎規準・指針における杭の極限支持力の定義の変遷

基礎規準・指針

           定義が書かれた用語の説明

 1952年版規準

記述なし。

(注)11条に「杭の荷重試験」という項目があり、以下の文章が参考になる。

「…試験杭に荷重を2P迄加えて安全であった場合には、安全荷重はPにして安全率は2であることが分る。併し乍ら荷重試験において、破壊荷重迄載荷することは時間と費用の関係上困難であるために、その破壊荷重及び荷重Pの真の安全率を知ることができない欠点がある。…」

 1960年版規準

くいの極限支持力:くいが支持しうる最大荷重。 

 1974年版規準

くいの極限支持力:くいが支持しうる最大の鉛直方向荷重。

 1988年版指針

 

 

 

 

 

極限[鉛直]支持力:構造物を支持しうる最大の鉛直方向抵抗力。基礎形式に応じて、

[直接]基礎の極限[鉛直] 支持力、杭の極限[鉛直]支持力という。このうち、地盤の

抵抗力のみを指す場合は、地盤の極限支持力[度]と呼ぶこともある。

基準支持力:極限[鉛直]支持力に達するときの沈下量が大き過ぎる場合に、極限[鉛

直]支持力に代わって基準となる支持力。杭の場合には、杭径の10%の沈下量を生

じるときの支持力。

 2001年版指針

 

 

極限[鉛直]支持力:構造物を支持しうる最大の鉛直方向抵抗力。基礎形式に応じて、

[直接]基礎の極限[鉛直]支持力、杭の極限[鉛直]支持力という。このうち、地盤の

抵抗力のみを指す場合は、地盤の極限支持力[度]と呼ぶこともある。

 2019年版指針

 

設計用限界値:限界状態を表す構造物の耐力や変位の限界値に耐力係数を乗じた値。

(注)「極限支持力」は用語から外されている。その一方で、表-6.1.2「単杭の設計用限界値」で「極限支持力に対しφR=1」とか、(6.3.1)式中で「極限先端支持力度」などの用語が現れている。

 

 1)これを見ると、「杭の極限支持力」が用語として現れたのは1960年版基礎規準が最初であり、それが1974年版基礎規準でも引き継がれ、1988年版基礎指針で直接基礎の場合も併せて「極限支持力」の概念として整理された関係となっていることが分かる〔これらの規準、指針では極限支持力に対して、その1/3を長期許容支持力、2/3を短期許容支持力として設計することが示されている〕。

 またこの指針では、杭の施工法によって打込み杭の場合は事実上杭径の10%沈下時で極限支持力が現れるが、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭ではその程度の沈下量でも極限支持力にはほど遠いために、「基準支持力」という用語を当てたことも読み取れる〔したがって、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭については、基準支持力の1/3を長期許容支持力、2/3を短期許容支持力として設計することになる。また、打込み杭は無論、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭についても、この時代には杭径が1m以下あるいは太くても1m前後のものが主体的であったという事実も忘れてはならない〕。

 2)2001年版基礎指針では、限界状態設計法を導入することが最大の目的となったこともあり、それ以前の規準、指針では重要な設計概念として用語にも記載されていた「許容支持力」が用語から消えていることが特筆される。ただ実際には、使用限界、損傷限界と称して設計されるレベルは従来の長期許容支持力、短期許容支持力にほぼ対応していると言える。したがって、それらのレベルまでは従来通りの扱いと変わりない状況になっている。

 問題は終局限界状態であり、6.1節「基本事項」の解説表6.1.1に示されているように「極限支持力または第2限界荷重に相当する支持力」を杭の設計用限界値としている点である。第2限界荷重とは、地盤工学会の「杭の鉛直載荷試験法・同解説」で書かれている「杭先端直径の10%相当の杭先端沈下量が生じたときの荷重、または杭頭の荷重-沈下量曲線が沈下量軸にほぼ平行とみなされる荷重のうち、小さい値」を指す。2001年版基礎指針はこの地盤工学会基準に準拠することにしている訳である。このことに関して筆者は以下のような疑問を持っている。

 a)上記表6.1.1に示されている「極限支持力または第2限界荷重に相当する支持力」という表現は「極限支持力」と「第2限界荷重に相当する支持力」を別々の概念として「または」で比較することを意味しているが、上記したように地盤工学会の第2限界荷重に含まれている「沈下量軸にほぼ平行とみなされる荷重」は「極限支持力」そのものであるので、論理として「同じものを比較する」矛盾を犯しているのではないか? 言い換えれば、「第2限界荷重に相当する支持力」だけにすれば論理的には正しいことになる。

 b)ただ、地盤工学会の表現にも疑問を感じる点がある。杭の施工法に応じて適切に議論したのであろうか、との疑問である。打込み杭の場合であれば、極限支持力〔沈下量軸にほぼ平行となる荷重〕に対して、杭径の10%沈下時の荷重はそれより少し小さいが、事実上は代替出来る概念となり得る。しかし、場所打ちコンクリート杭や埋込み杭の場合には、杭径の数倍の沈下量にならないと極限支持力には到達しないので、杭径の10%沈下時の領域は全く別の世界となるのである。したがって、「どちらか小さい方の値」を採用するという表現は無謀過ぎるのではないか〔代替出来ないものを無理矢理に結びつけるような議論がなされたのであろうか〕との疑問に繋がるのである。この点に関しては、地盤工学会基準に対しても賛同できないとの感想を筆者は持っている。

 c)さらに続ければ、指針2001年版の解説p.202には「杭の鉛直試験を行う場合には、第2限界荷重に相当する鉛直支持力を極限支持力として扱う」との記述があるが、載荷試験で杭径の3倍や4倍まで載荷できず、また、そのような沈下量での値はすでに設計で扱う限界値としての意味が希薄という理由があるからこそ、「第2限界荷重に相当する鉛直支持力を極限支持力として扱ってはならない。あくまで別の概念として扱うべきである」とするのが学術的には正しい態度であろう。そのようなケースでは、寧ろ支持力よりも“限界沈下量”の概念を適用してある絶対沈下量を設定し、その時の荷重を限界荷重とする方がよいのではないかとも筆者は考えている〔それならば、極限支持力とは別の概念としての設計限界値として明確化出来るし、その意味で筆者は1988年版基礎指針の「基準支持力」がよいと今でも考えている〕。

 3)今回の2019年版基礎指針では、基本的には2001年版基礎指針を継承している。この指針で気になる点を挙げれば以下の通りである。

 a)用語から「極限支持力」が外されているのは何故か気に掛かる。

 b)本文では表6.2で設計用限界値を「極限支持力に対しφR=1」とするなどの表現があり、解説に入らないと極限支持力とはどのようなものかが明記されていない構成になっており、指針の構成としては適切とは言えないのではないかと思われる。

 c6.3節解説の説明文、「図6.3.4のような非線形を有する先端抵抗-沈下量関係〔先端沈下量が先端径の10%の時の荷重で基準化したグラフ〕は、髙野らが提案した先端沈下量Spが先端径dp10%の時に、極限先端支持力度に達する次式でモデル化する」も、杭径の10沈下時の荷重を“極限先端支持力と決め打ちしている点で問題がある〔文献6.3.3として引用されている「髙野昭信、青木一二三、小粥康夫、小笠原政文:第1限界荷重、第2限界荷重の意義と特徴について、杭の鉛直載荷試験方法および試験判定に関するシンポジウム発表論文集、土質工学会、pp.47〜54、1991.9」を読まないと主旨がよく伝わらない〕。この杭径の10%沈下時の荷重については、最近新しい考えが浮かんだこともあるので後日改めて記述してみたいと思っている。

 なお、最後に指針のまとめ方について気づいた点を書いておきたい。1988年版基礎指針作成当時は、委員全員が〔すなわち、親委員会としての基礎構造運営委員会が、そのまま基礎構造設計規準改定小委員会を構成し〕意見を提出し、原案執筆担当者が答える運営を貫き通したので、全員が指針全体について一通りは把握しているような運営を行っていたことである〔筆者は幹事を務めていたので隅々まで熟知している積もりである〕。これに対して、それ以後の指針は項目ごとにワーキンググループで改定作業を行う形式で運営しているので、委員の意思統一が図られているのだろうかとの心配を持たされることがあった。今回の改定指針でも似たような感想があることを書き留めておきたい。

(注)その後、地盤工学会の基準を調べてみると、以下のような変化があったようである。

・土質工学会基準(JSF1811-1993)杭の押込み試験方法(杭の鉛直載荷試験方法・同解説、1993)

「第2限界荷重は、杭先端直径の10%相当の杭先端沈下量が生じたときの荷重と杭頭の荷重-沈下量曲線が沈下量軸にほぼ平行とみなされる荷重のうち、小さい方とする。ただし、杭先端沈下量の代わりに杭頭沈下量を採用してもよい。」

・地盤工学会基準(JGS1811-2002)杭の押込み試験方法(杭の鉛直載荷試験方法・同解説第一回改訂版、2002)

「第2限界抵抗力は、押込み抵抗が最大となった時の荷重とする。ただし、先端変位量が先端直径の10%以下の範囲とする。」